対象:アカウントに多要素認証(MFA)を設定しようとしている人、すでに付けているが「SMSでいいの?」と迷っている人。攻撃の手口そのものは扱わず、どの方式が強く、何にどれを付けるべきかを整理します。
MFAは、知識・所持・生体など異なる種類の要素を2つ以上使う認証です。2FA(二要素認証)はそのうち2種類を使うもの。「二段階認証」は確認手順の呼び方で、同じ種類の要素を2回使うだけならMFAにはなりません。用語の整理は 2FAと二段階認証の違い も参照してください。
当サイトの視点:MFAは有無ではなく方式で評価する
セキュリティ設定でよく見る「二要素認証:オン」は、実は強さの情報をほとんど持っていません。同じ「オン」でも、SMSとパスキーでは守れる攻撃がまるで違う。MFAを有効にしていても、コードを偽サイトへ入力したり、不審な承認通知を許可したりすると侵害につながるおそれがあります。だから当サイトは、重要アカウントについては「MFAの有無」ではなく「フィッシング耐性があるか否か」で評価することを勧めています。
なぜMFAが要るのか
パスワードは、単体では「いつか漏れる前提」で考えるべきものです。パスワードが破られる経路は、使い回し、漏えい、推測、フィッシングなどいくつもあります。MFAは、パスワードが破られても、もう1つの要素で不正ログインを止めるための仕組みです。
特に重要なのがメールアカウントです。多くのサービスは「パスワードを忘れた」をメールで復旧させるので、メール経由で他のアカウントの再設定も悪用されるおそれがあります。だからメールは、最も強い方式のMFAで守るべきアカウントです(→ 最低限チェックリストのTier 0)。
方式ごとの強さの違い
認証方式は、フィッシング耐性、端末の保護、同期や復旧の条件を合わせて比較します。ここでは代表例を、**「偽サイトにコードを渡してしまうか」**という観点で整理します。
✗ SMS / メール
手入力のコードはフィッシングに注意。SMSは電話番号の乗っ取りにも注意
△ 認証アプリ(TOTP)
SMSより強いが、コードを偽サイトに中継されうる
○ パスキー
PIN・生体認証などの利用者確認。認証先に紐づく公開鍵方式
◎ 物理セキュリティキー
FIDO2対応の専用キー。利用者確認と予備手段も確認
SMS / メールのコード
- コードはただの数字列=偽サイトにも貼れてしまう
- SMSではSIMスワップ(電話番号の乗っ取り)で受信を奪われるおそれがある。メールはメールアカウント自体の保護も必要
- 中継フィッシングでコードを本物のサイトに転送されると防げない
- 無いよりは良いが、重要なアカウントの守りとしては不十分
パスキー / 物理キー(FIDO2)
- 鍵がアクセス先のドメインに紐づく=偽サイトで正規サイトへの認証は成立しない
- 原理的にフィッシング耐性(人間の判断に頼らない)
- 正規サイト向けの認証応答を、偽サイトへ入力するパスワードやコードとして渡す方式ではない。パスキーやキー単独でMFAとして使う場合はPIN・生体認証などの利用者確認も必要。キーの所持とパスワードを組み合わせる構成もある
- メール・ドメイン・決済のアカウントにはこれを使う
「フィッシング耐性」とは何か
ここがいちばん大事な概念です。SMSや認証アプリのコードは、結局人間が「正しいサイトに入れているか」を目で判断しなければなりません。でも本物そっくりの偽ドメインを人は見分けられない。一方パスキーや物理キー(FIDO2)は、鍵そのものが「どのドメイン向けか」を覚えているので、偽サイトに対しては署名を返しません。つまり人間が騙されても、鍵は偽サイトに署名しない。これが「フィッシング耐性」で、弱い方式と強い方式を分ける決定的な違いです。
方式ごとの比較表(プッシュ通知を含む)
設定画面には、SMS・認証アプリ・パスキーのほかに「スマホに届く通知で『はい』を押す」方式(プッシュ通知)もよく並びます。米国のサイバーセキュリティ・インフラストラクチャ安全保障庁(CISA)の2022年の資料では、MFAの方式を次のように整理しています。個別サービスの安全性をこの順位だけで判断するものではありません。
| 方式 | 偽サイトへの入力 | 通知を何度も送られて押してしまう | SIMスワップ | 位置づけ(CISA) |
|---|---|---|---|---|
| パスキー・物理キー(FIDO2) | 署名が成立しない | 該当しない | 該当しない | 最も強い(フィッシング耐性) |
| 認証アプリのコード(TOTP) | 中継されうる | 該当しない | 該当しない | 2番目 |
| プッシュ通知+数字の照合 | 中継されうる | 起きにくい | 該当しない | 2番目 |
| プッシュ通知(承認ボタンだけ) | 中継されうる | 起きうる | 該当しない | 3番目 |
| SMS・音声通話のコード | 中継されうる | 該当しない | 起きうる | 最後の手段 |
プッシュ通知の弱点は、攻撃者がパスワードを入手したあと、承認の通知を何度も送り、利用者がうっかり、または面倒になって「承認」を押すことです。CISAはこれを「プッシュ爆撃(MFA疲労)」と呼んでいます。対策が「数字の照合」で、ログイン画面に出た数字をアプリに入力しないと承認できません。Microsoftの職場・学校向けアカウント(Microsoft Entra ID)では、2023年5月8日から、Microsoft Authenticator のプッシュ通知すべてでこの照合が必須になりました。
この表の手入力コードや通常のプッシュ方式には、フィッシング耐性がありません。耐性のある方式はFIDOだけに限らず、NISTはクライアント認証TLSなども挙げています。本記事では個人向けサービスで使われるパスキーやFIDO2対応キーを中心に比較しています。CISAも、フィッシング耐性のある方式に移るまでの間は、認証アプリのコードか数字照合つきのプッシュ通知を使うよう勧めています。
状況別:どの方式を選ぶか
全部のアカウントに同じ方式を付ける必要はありません。乗っ取られたときの被害の大きさで分けます。
| アカウント・状況 | おすすめの方式 | 予備に用意するもの |
|---|---|---|
| 個人のメール(Gmail・Outlook.com など) | パスキー | 2台目の端末のパスキー、またはバックアップコード |
| パスワードマネージャー | パスキーか物理キー | 2本目の物理キー、復旧用の情報を紙で保管 |
| ドメイン・サーバー・クラウドの管理者 | 物理キー(2本) | 別の場所に保管した2本目のキー、リカバリーコード |
| 銀行・証券 | 会社が用意するパスキーなどの方式 | 会社が案内する再設定の手続き |
| SNS・ネット通販など | パスキー、なければ認証アプリ | バックアップコード |
| スマホを持たない家族 | 物理キー(2本)、使えなければSMS | 家族が保管するバックアップコード |
迷ったら「ほかのアカウントの復旧に使われるか」で決めます。メールとパスワードマネージャーは、ほかの全部のアカウントの入口になるので、ここだけは最も強い方式にします。
どう設定するか(順番が大事)
まずメール・ドメイン・決済から
パスワードマネージャ本体にもMFA
対応していなければ認証アプリ(TOTP)
リカバリーコードを安全に保管
予備の手段を1つ用意
MFAを付けても、パスワードの使い回しはやめる
MFAは保険であって、弱いパスワードの言い訳にはなりません。フィッシング耐性のないMFA(SMS等)しか付けられないサービスでは、パスワードの強さと一意性が、引き続き主な守りです。強さは パスワード強度チェッカー で確認できます。
主なサービスでの設定場所
設定の入口は次のとおりです(2026年10月時点の公式ヘルプによる。画面の名前は変わることがあります)。
| サービス | 設定する場所 | 選べる方式・注意点 |
|---|---|---|
| Google アカウント | Googleアカウント →「セキュリティとログイン」→「2段階認証プロセス」 | パスキー、セキュリティキー、Googleからの確認通知、認証アプリ、SMS・音声、バックアップコード |
| Microsoft アカウント(個人) | account.microsoft.com/security →「サインイン方法の管理」→「追加のセキュリティ」→「2段階認証」 | パスワードを削除して、パスワードなしでサインインする設定も選べる |
| Apple アカウント | 設定 →[自分の名前]→「サインインとセキュリティ」→「2ファクタ認証」→「セキュリティキー」 | FIDO認定のキーを2本以上登録する必要がある(iOS 16.3以降)。登録すると6桁の確認コードの代わりにキーを使う |
| GitHub | Settings →「Password and authentication」 | 手順は GitHubの2段階認証の設定 で解説 |
最初に方式を1つ登録したら、そのサービスが提供する予備の方式や復旧手段も確認します。バックアップコードが発行される場合は安全な場所へ控え、端末の紛失に備えます。
認証アプリと物理キーの選び方
認証アプリを選ぶときに見る点
- 機種変更のときに、コードを新しいスマホへ移せるか
- Google Authenticator は2023年4月から、Googleアカウントへの同期を任意で使える
- パスワードマネージャーにコードを入れると便利だが、そこが破られると2つの要素が同じ場所から漏れる
- 重要なアカウントのコードは、パスワードとは別のアプリに置くのが無難
物理キーを選ぶときに見る点
- FIDO2(FIDO認定)に対応した製品を選ぶ
- 使う機器の差し込み口(USB-A・USB-C)や、スマホ用のNFCに合うか
- 最初から2本買い、両方を同じアカウントに登録する
- 1本は持ち歩き、もう1本は自宅など別の場所に保管する
自分の環境で確認する方法
Googleの「セキュリティ診断」を開く
Microsoftアカウントの登録済みの方法を見る
iPhoneで信頼できる電話番号とキーを見る
アカウントごとの方式を一覧にする
予備の方式で実際にログインしてみる
よくある間違いと直し方
- パスキーを足したのに、SMSでもログインや再設定ができるまま:SMSを外せるサービスなら外し、外せないなら登録電話番号が今も自分のものかを確認します。
- 身に覚えのない承認の通知を押してしまう:自分がログインしていないときの通知は必ず拒否し、そのアカウントのパスワードを変えます。
- バックアップコードをスマホの写真やスクリーンショットに残す:スマホをなくすと一緒に失います。パスワードマネージャーか、紙で別の場所に保管します。
- 物理キーが1本だけで、別の復旧手段もない:紛失で締め出されるおそれがあります。サービスの条件に合わせ、予備のキーや復旧手段を用意します。
- 機種変更で、古いスマホを先に初期化する:新しいスマホで認証アプリやパスキーが使えることを確かめてから初期化します。
- 電話やメッセージで「確認コードを教えて」と頼まれて答える:正規のサービスや社内のヘルプデスクを名乗っていても、コードは誰にも伝えません。
実例:コードを渡してしまった事案
米国で歯科・眼科の給付を運営するDentaQuestは、2026年5月の不正アクセスについて州司法長官に届け出ました。届出によれば、従業員1名がソーシャルエンジニアリング(人をだます手口)にあい、認証情報と多要素認証のコードを渡したことが入口でした。同社は8月3日の更新の届出で、全米で2,740万人超を把握しているとしています。届出は、どの種類のMFAだったかを書いていません。
この事案から言えるのは、人が読み上げたり入力したりできるコードは、人がだまされれば渡せてしまうということです。管理する側にとっての対策は2つです。
- 重要なアカウントを、パスキーや物理キーのような、渡しようのない方式に切り替える
- 認証方法の再設定を頼まれたときに、ヘルプデスクが相手の本人確認を行う
詳しい経緯と会員がやることは DentaQuestの情報漏えい にまとめています。
当サイトはどうしているか
当サイトは、重要アカウント(とりわけメールとドメイン、サーバ管理、決済)を、可能な限りフィッシング耐性のあるMFAで固めています。理由はシンプルで、これらは1つ乗っ取られると、他のアカウントもまとめて乗っ取られるからです。日常のログインはパスワードマネージャで管理し、そのマネージャ自体にもMFAをかけます。
そして「MFAをオンにした」で終わらせず、定期的にどの方式が掛かっているかを見直しています。SMSしか掛かっていない重要アカウントを見つけたら、弱点として優先的にパスキー/物理キーへ切り替えます。有無ではなく、強さで管理するのが当サイトの方針です。
出典
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NIST SP 800-63-4「Digital Identity Guidelines」 — 認証要素の種類
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NIST SP 800-63B-4 — フィッシング耐性の条件
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FIDO Alliance — Passkeys FAQ(利用者確認・同期/端末固定)
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CISA「Implementing Phishing-Resistant MFA」(2022年10月、英語) — cisa.gov(PDF)(方式を強い順に並べた表、プッシュ爆撃・SIMスワップ)
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CISA「Implementing Number Matching in MFA Applications」(2022年10月、英語) — cisa.gov(PDF)
-
Microsoft Learn「How number matching works in MFA push notifications for Authenticator」 — learn.microsoft.com
-
Google アカウント ヘルプ「2 段階認証プロセスを有効にする」 — support.google.com
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Microsoft サポート「2 段階認証の使用方法(Microsoft アカウント)」 — support.microsoft.com
-
Apple サポート「Apple Account のセキュリティキーについて」 — support.apple.com
-
Google Security Blog「Google Authenticator now supports Google Account synchronization」(2023年4月24日、英語) — security.googleblog.com
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DentaQuestからワシントン州司法長官への届出(2026年7月16日と8月3日の更新、英語) — atg.wa.gov
次に読む
- GitHub の設定:GitHub の2段階認証(2FA)の設定方法
- 乗っ取りの確認:不正アクセスされていないか確認する方法(ログイン履歴・ログイン中の端末)
- 実例:DentaQuest:だまされてMFAのコードまで渡した事案
- 基本:セキュリティ最低限チェックリスト(メール・ドメイン・決済を最優先で)
- 保管:パスワードの安全な保管方法
- 用語:SPF/DKIM/DMARC(なりすましメール対策)
- 用語:フィッシングとは(フィッシング耐性MFAが効く相手)
- 用語:二要素認証(2FA)とは / ワンタイムパスワード(OTP)とは(方式の用語を整理)
- パスワードレス:パスキーとは(公開鍵認証と同期・端末固定の違い)
- ツール:パスワード強度チェッカー